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関西百名山 | ||
玉 置 山 標高2017m 宝冠ノ森 | ||
展望台〜宝冠ノ森〜玉置山〜玉置神社〜玉置辻 | ||
11月26日、27日で玉置山宝冠ノ森から五大尊岳を経て大峰奥駈道で熊野本宮へ行った。 26日、梅田を7時20分バスで出発、五条から国道168号を十津川へ、途中道の駅大塔で休憩し、先に進んだ。十津川近くなって来ると、先日発生した台風12号の爪あとががいたるところで見られ大自然の猛威を感じた。国道は、いたるところで復旧工事が行われていて、迂回、片側交互通行などしながら十津川温泉へと走った。河川の増水が信じられないぐらいあったのだろう。流木などでその凄さを見てとることができる。今も、川は黄河のようで濁っており、清流の面影は全くない。 十津川温泉街に入るとかなり復旧したのか少し安心した。玉置神社への道は、折立から行けないようで猿飼橋を渡りくねくねと山道を登って行く。所々にガケ崩れや道路の崩壊があったがいずれも応急処置がしてあった。梅田を出てバスのゆられること約4時間、玉置神社の駐車場に到着した。駐車場からは素晴らしい展望が楽しめる。果無山地、牛廻山、鉾尖岳、伯母子岳等大パノラマだ。 |
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玉置神社駐車場よりの大パノラマ 果無山地・牛廻山・鉾尖岳・伯母子岳・・・ |
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玉置神社鳥居 |
パノラマの説明 |
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今日は先に宝冠ノ森に行くので、バスで展望台へ少し移動した。展望台で素晴らしい大パノラマを満喫、日向で弁当を広げ昼食にした。 | ||
世界遺産 大峰南奥駈道説明板 |
展望台 |
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牛廻山・鉾尖山・護摩壇山・伯母子岳・大峰連山 展望台より |
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大峰連山・笠捨山・西峰 展望台より |
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宝冠ノ森へ出発、舗装道を少し歩くと世界遺産の碑がある。ここから左の山道に入って行く。碑の横は展望できるように木が伐採されていて展望所になっている。十津川の森「北又」を展望することができる。手前の小高い丘834mピークは天皇山とよばれ、明治時代に植林された檜が多く残っているそうだ。天皇山の東側(奥)には北又谷があり北山川の源流のひとつだ。この一帯を十津川の森「北又」というそうだ。澄み切った空の向こうには熊野灘を遠望することができるそうだ。 標高約960mの碑から玉置山山頂を巻くように標高約1020mの勧業山碑へ歩く。道は杉の落葉道で、杉の枝も落ちていて時々足を引っ掛けながらの歩きだ。 勧業山碑のある辻は、玉置山へと宝冠ノ森への分岐になっている。分岐には上平主税碑も建っている。 |
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展望台を出発 |
世界遺産碑 大峰奥駈道 |
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十津川の森北又 西峰・天皇山・熊野灘(澄んだ日に見えるとか) 世界遺産碑脇より |
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三条の湯 |
三条の湯 |
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勧業山記念碑に到着 |
勧業山記念碑 |
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上平主税碑 |
勧業山記念碑から宝冠ノ森へ |
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ここから宝冠ノ森へ、玉置山の小さな支尾根を尾根頭まで進む。標高約1020mの辻からP1064へ登り、標高差約50mを下る。ヤセ尾根を登り返してP1057へ進み、ここで小休止にした。ここまでは比較的良い道で、最初辻から標高差40mほど登っているのでその後は尾根をどんどん下っているような感じを受けながら歩いた。この分だと帰りは長い登りになり大変だろうと思われた。でも考えてみると、P1064を越えてP1057に着いた、ほぼ同じ高さだ。ちなみに玉置山が標高1077mなので大して変わらないのだ。 このP1057から直進は、ロープが引かれていて右下に下るようになっている。帰阪してから分かったのだがロープの先に行けば絶壁の上にでるそうだ。そこからは中八人山、笠捨山、蛇崩山、西峰などが展望できるそうだ。 誰かが掲げた「鎖場注意」の小さな表示が目にとまった。ここから大峰奥駈の行場なんだろう。大峰奥駈道から小枝のように外れているのに奥駈の行者が行をしたと言われている。気を引き締めて下った。 所々に露岩のある急な尾根を下る。大きな一枚岩の鎖にぶら下がって鞍部に降りる。正面に宝冠ノ森が見えてくる。ヤセ尾根、岩場を進み最鞍部まで下る。ここから登り返すと宝冠の森に到着する。 |
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宝冠ノ森へ |
宝冠ノ森へ |
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宝冠ノ森へ |
宝冠ノ森へ |
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宝冠ノ森へ |
宝冠ノ森へ |
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宝冠ノ森 |
宝冠ノ森へ |
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宝冠ノ森へ最後の登り |
宝冠ノ森 |
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宝冠の森は、標高約890mで山頂の中央に大きな岩があり、宝冠に例えたのであろう。岩の上の大きな石というか岩には碑伝が刻んであるとのことだったが、この先のパノラマを見ていて確認するのを忘れた。 この岩の少し先の断崖の上からの展望は素晴らしい。大パノラマは、西峰から子ノ泊山、大雲取山、熊野灘そして蛇行する熊野川がジオラマのようで別世界尿だ。奥駈の行者も行の後、この素晴らしい風景を見て何を感じたのであろう。宝冠の森を後にして往路を勧業山碑まで戻った。 |
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宝冠ノ森から眼下にパノラマが広がる |
宝冠ノ森より南東方向を望む |
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宝冠ノ森より南東方向を望む |
蛇行する熊野川の流れ |
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宝冠ノ森より南東方向を望む 西峰〜子ノ泊山・大雲取山・熊野灘方面 |
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宝冠ノ森にて |
宝冠ノ森にて |
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宝冠ノ森 |
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宝冠ノ森から引き返し |
宝冠ノ森から引き返し |
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宝冠ノ森から引き返し |
宝冠ノ森から引き返し |
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宝冠ノ森から引き返し |
宝冠ノ森から引き返し |
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自然の創作 |
勧業山記念碑から玉置山へ |
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勧業山碑から玉置山へ尾根道を登った。10分ほどで山頂に到着した。 玉置山は、標高1077mで一等三角点になっている。玉置山は、別名「沖見嶽」、「牟婁嶽」といわれるそうで山頂碑に刻んであった。また「舟見嶽」とも言われている。「牟婁嶽」はこの地牟婁郡すなわち熊野の主峰ということらしい。沖見地蔵尊が祀られていて、別ピークにはアンテナが建っていた。山頂からは、沖見嶽といわれるだけあって、宝冠の森と子ノ泊山の間に熊野灘が望まれる。 |
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玉置山 山頂 |
沖見地蔵尊 |
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玉置山 三角点 |
玉置山 一等三角点(標高1076.4m) |
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玉置山 山頂にて |
宝冠ノ森へ続くピーク |
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玉置山 山頂 |
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南東方向を望む 宝冠の森・熊野灘・子ノ泊山・大雲取山・・・ 山頂より | ||
玉置山山頂を後に玉置神社へと下った。神社への下りは鬱蒼とした杉の大木の中を下る。年輪を重ねる大きな杉林だ。 玉置神社にお参りして境内の大杉を見せていただいた。社殿左に夫婦杉、その奥に御神木の「神代杉」、境内から少し下ったところに大杉があった。いずれも風雪に耐え数千年の年輪を数える偉大なものだ。 |
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玉石社 大杉 |
玉置神社へ |
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玉置神社 |
夫婦杉 |
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神木(神代杉) 樹齢3000年 |
大杉 根周19.5m 県下随一 |
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玉置辻へ下る |
玉置辻から眺める宝冠ノ森(右端) |
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玉置神社を後に玉置辻まで下った。玉置辻まで下ると玉置山そして宝冠の森まで続く尾根が正面に見え、今日歩いた足跡を振り返った。明日はここから大峰奥駈道を熊野本宮まで歩く予定だ。 | ||
玉置辻 |
玉置辻から眺める玉置山 |
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玉置辻から眺める宝冠ノ森(右端) |
玉置辻から眺める宝冠ノ森 |
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明日の予定を考え、熊野本宮へ今日先にお参りすることにした。玉置辻からバスで十津川温泉へ約30分下り、さらに30分で熊野本宮に到着した。 熊野本宮大社に夕暮れになってしまったが参拝した。鳥居をくぐり、玉砂利を踏んで参道を行くと正面は高く続く石段がありそれを登り切る。札所、社務所がありその先に神門がある。神門をくぐると上四社がお祀りしてある。左の一殿二殿は42年ぶりの屋根の葺き替え工事中だった。工事で覆われていたのでよく分からなかったが結宮で一殿二殿はつながった社殿だ。お参りの順が分からなかったので一殿から順にお参りしたが、本当は三殿の主祭神家都美御子大神(阿弥陀如来)が一番で、続いて二殿、一殿そして四殿へお参りするのがいいそうだ。 Jリーグで知られる八咫烏はは熊野の大神(素盞鳴尊)のお仕えだそうです。日本を統一した神武天皇を大和橿原まで先導したという故事に習ったものだ。幟に「八咫烏」と「兎」と「絆」が描かれていた。 |
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熊野本宮 |
熊野本宮 |
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熊野本宮 神門 |
熊野本宮 八咫烏幟 |
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熊野本宮 結宮(一殿・二殿) |
熊野本宮 本宮(三殿) 若宮(四殿) |
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熊野本宮 拝殿 |
熊野本宮 |
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熊野本宮大社にお参りして、すっかり暗くなって今日の宿十津川温泉の田花館に着いた。かけ流しの温泉に浸かり今日の疲れを癒しご馳走をいただいて就寝した。 聞くところによると、台風12号は強力でことごとく破壊して行ったそうだ。温泉も配管が断絶しやっと11日に営業再開し2週間、観光客も少ない中、我々の団体は始めてということで旅館の御主人は喜んでおられたと聞いた。よかたよかった。 |
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十津川温泉 田花館 |
十津川温泉 田花館 |
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2日目 五大尊岳 | ||
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コース |